―選挙前の“票買い政策”にどう向き合うべきか―
選挙が近づくたびに繰り返される「給付金」の話題。
今回もまた、自民党が参院選の公約に「1人あたり2万円の定額給付」を掲げました。
一見、家計の助けになるように感じるこの政策。ですが本当に私たちの生活を良くするためのものなのでしょうか?
今回の記事では、この2万円給付の背景を冷静に見つめ、「減税なきバラマキ」が意味するもの、そして私たちが選挙でどう意思を示すべきかを考えてみたいと思います。
自民党が掲げる「2万円給付」とは
2025年の参議院選挙を控え、自民党は新たな公約として「定額給付金(2万円)」を打ち出しました。対象は全世代、年内実施を目指すとし、財源については税収増による剰余金を充てるとしています。
しかし、このタイミング。選挙直前という点に、多くの有権者が違和感を覚えるのではないでしょうか。
実際、野党からは「選挙目当てのバラマキだ」との声も上がっています。つまりこれは、一時的に国民の機嫌を取って、選挙での支持を得るためのアメに過ぎないのでは?という批判です。
なぜ「減税」ではなく「給付」なのか?
本当に国民生活を支えるのであれば、持続的な「減税」の方が効果的なはずです。たとえば消費税を一時的にでも引き下げれば、日常の買い物すべてが実質的に割引され、すべての人が恩恵を受けられます。
では、なぜ減税は行わず、給付という形に固執するのか?
それは政治の構造にあります。
減税には財務省との調整や既得権益の調整が伴い、「権力の分配構造」にメスを入れる必要があるからです。
しかし、現在の政権与党である自民党は、企業団体や大資本との結びつきが強く、減税を実行するインセンティブが働かないのが実情です。あくまで「今の税収」を維持したまま、あたかも国民に寄り添っているかのような「給付政策」で体裁を整える──それが実態です。
2万円給付は消費に回るのか?
今回の2万円は、本当に消費を促進するのでしょうか?私はそうは思いません。
コロナ禍の際にも大規模な給付が行われましたが、その多くは「貯蓄」に回りました。将来不安がぬぐえない中で、人々は「とっておく」ことを選ぶのです。
特に今は、物価高、社会保障負担増、将来の年金不安といった要素が重なり、2万円ではとても足りません。生活防衛が優先されるなかで、一時金が消費に回る可能性は極めて低いと考えられます。
構造を変えなければ、何も変わらない
この問題は単に「給付か減税か」という論点だけではありません。
根底にあるのは、「誰のために政治があるのか」という問いです。
現状、日本の政治は富裕層・大企業・官僚機構といった“上層部”の利益を最優先しています。国民から集めた税金は、真に必要な人々に届く前に、特定の既得権益層の手元で消費されているのが現実です。
既存の構造そのものに疑問を投げかけ、国民一人ひとりの生活の視点から政策を語っている政党にこそ、この国の改革を行なってほしいと切に願います。
だからこそ、選挙に行こう
「政治は変わらない」──そんな諦めが蔓延しています。でも、変わらないのではなく、「変えようとしていない」だけかもしれません。
私たちが政治に関心を持ち、選挙で声をあげなければ、今の構造は何ひとつ変わりません。
逆に言えば、「一票」には、政治の流れを変える力があるのです。
2万円の給付に一時的に安心するより、未来を変えるために一票を使ってみませんか?

まとめ
- 給付金は一時的な人気取りに過ぎず、減税の方が生活には効果的
- 政治が富裕層のためにある現状は変わらないまま
- れいわ新選組や石丸氏のような新しい風が必要
- 本当に生活を守りたいなら、選挙に行くことが唯一の手段
行動の一歩として
この記事を読んで少しでも疑問を感じたら、次の選挙で「自分の意思」を投票という形で伝えてください。今の政治は変えられます。あなたの一票が、未来の暮らしを左右します。

